癇癪がとまらない3歳娘を育てる母の気持ち

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毎日、起きてから寝るまで少しの余裕もありませんでした。
私達夫婦は地方出身で近くに頼れる親や親族はいません。
夫は当時、夜勤があり不在になることが多く、平日はワンオペになりがちでした。
みんな子育ては大変だから、と自分に言い聞かせながら、歯を食いしばっていました。
でも次第に、本当にみんなこんなに大変なの?という思いが大きくなってきました。

当時のタイムスケジュール

4時 起床。自分の身支度、娘のお弁当作り。
   朝は娘の眠りが浅くなるため、断続的に泣いて起きる。その度に、寝室に戻り寝かし
   つけつつ朝の準備を進める。

7時 娘が泣き叫んで起きる。ひとしきり暴れる。朝ごはんは食べたり、食べなかったり。

7時半 出発。3歳でもエルゴでおんぶをして保育所へ。

8時半~17時 仕事。職場で自席に着いたときが1日のうち最もホッとする瞬間。

18時 娘のお迎え。

18時15分 帰宅。おんぶしたままご飯をチン、トマト準備。

18時半 夕食。娘をなだめて、ご飯を食べる。抱っこして食べさせる。

19時~ 戦いごっこで怒り、お風呂に入らないと言って泣き叫び、歯を磨かないと転げ回
     る。絵本を読みだすと、やめられないため20冊は読む。

21時~ 就寝。寝ない、寝ない、寝ない、抱っこ、寝ない、少し寝る。
     夜中は2~3時間おきに起きる。うち1回は夜驚があり泣き叫ぶ。

翌朝は振り出しに戻り、平日は上記のループが毎日続きます。
土日は19時からの遊びと癇癪が一日続きます。

気絶する

朝、お弁当を作っている最中に気絶したことが数回ありました。
お弁当を作っていたのに、気づいたらキッチンの床に倒れているのです。
頭が朦朧として、しばらくそのまま横になっていると徐々に意識が戻ってきて、ゆっくり体を起こせるようになります。
今思うと、睡眠不足と過労、ストレスだったのでしょう。
ゆっくり体を起こし、お弁当の続きを作ります。早くお弁当を作っておかないと、娘が起きたら泣きわめきます。仕事に間に合うように出発しないと、、毎日が綱渡りのような生活でした。

この頃、「今が一番大変だけど一番いいときね」と年長の女性によく言われましたが、そのたびに「本当に!?それ、本当に言っているのですか!??」と思っていました。

癇癪に怯えて、しつけができなくなる

生まれながらの性格が誰しもあります。
うちの娘のようにあまのじゃくな子もいれば、親の言うことを素直に聞き、育てやすいだろうなという子もいます。
娘の赤ちゃんの頃からの友達がこういうタイプでした。
お母さんもしっかりした人で、小さい頃から玄関で靴を揃える、時間になったらあそびはおしまい、そのようなしつけをちゃんとしており、子どもも親の言うことを聞ける子でした。

娘が年少組の時に、そのお友達と一緒に認可保育所に転園しました。
3歳のときの娘は、癇癪がとにかく酷く、一度泣き叫びだしたら2時間位は癇癪が止まりませんでした。
私は、娘が癇癪をおこすことに疲れ果て、怯えていました。
娘が不適切なことをしたとしても、癇癪を起こされるくらいなら放っておこうとすら思い出していました。

そんな時、転園前に新しい保育所に荷物を持っていく機会がありました。
お友達と一緒に保育所に荷物を持っていき、保育所の玄関に入ろうとしたとき、娘は道で拾った棒をもっていました。(当時、娘は棒が大好きで、道で棒を拾っては家に持ち帰っていました。)
当然、玄関の外で棒を置いていかなければいけませんが、私には娘に棒を置いてと言って、彼女が癇癪を起こして泣き叫ぶ未来が見えました。娘に注意をする力が残っていなかった私は、「棒を置いて」と言えず黙っていました。
すると、お友達のお母さんが「棒を持って入れないから外に置いて」と、娘に言いました。
娘はブツブツ文句を言いながらもその言葉に従い、棒を置きました。
本来は親である私が言わなければいけない言葉を言えなかった自分がとにかく恥ずかしく、情けない気持ちでいっぱいでした。

他の子の子育てとは違うかもしれないと気づく

もしかしたら、みんなこんな大変な子育てをしていないのかもしれない。うちの子は少し違うのかもしれない。アレ?っと思ったのが年少組のとき。

前述のお友達と同じクラスのお友達が休日に我が家に遊びに来ました。(皆、夫の土曜勤務があったため、土曜日に一緒に遊ぶことがありました。)
ママ友2人、お友達2人と家で遊んでいて、お昼時になったため、「ごはんだから、手を洗っておいで」と子どもたちに声をかけました。
娘は手を洗ってという声かけで手を洗ったことは1回もなかったため、このときもお友達を含め、声かけで手を洗うことはないと思っていました。
普段、娘が手を洗うためには、声をかけても聞こえている様子がないので、目の前まで行って手を洗うよと伝えて、今やっていることを何とかやめさせ、娘がぐずるのを、おだて、なだめ、抱きかかえて、洗面所まで連れていき、私が手を持って洗っていました。食事前の手洗いとはそういうもんだと思いこんでいました。

それが、「手を洗っておいで」の声かけ1回で、お友達2人は「はーい!」と手を洗いにいったのです。
「・・・・・・・・・!!??え、今ので手が洗えるの?」
ものすごい衝撃を感じました。
2人とも、ちゃんと返事までして、自分で手を洗いにいけるの?!
今まで娘にたくさんの違和感を感じていましたが、何かおかしいぞと初めて明確に感じました。背中がぞわっとしました。

ふくらむ違和感

この頃から、娘の行動に対する違和感がどんどんふくらんでいきました。
「3歳 寝ない」「女の子 癇癪 偏食」などをネットで検索すると、『発達障害』という言葉が目に止まりました。
しかし、そのときは娘に対する違和感が発達障害とイコールにはなりませんでした。
娘の異常なまでの身辺自立(着替え・お風呂・歯磨き)の困難さと反面に、彼女は年少組の時にひらがなの読み書きや簡単な計算が既にできました。
娘に対して違和感はあるものの、できることも多かったため、私が感じる子育ての困難さを周囲に上手く説明できませんでした。

周囲との関係性

娘の癇癪や言うことを聞かない所、身辺自立ができないことをママ友に話しても、「うちもそうだよ。分かる~」という反応が返ってきて、その返事にじわじわとストレスを感じていました。
「本当に分かるの?あなたの子も1分も1人で遊べないの?」「癇癪で毎日2時間も泣き叫んでるの?」と勝手に苛立っていました。
多かれ少なかれ、どの子でも言うことを聞かなかったり、癇癪を起こすことはあります。
今となっては、どの家庭でも子育ては大変ですし、その大変さは自分の子育ての物差しでしか測れません。
「うちもそうだよ。分かる。」という発言は、今ではそれ以外の返答ないよなと思いますが、当時の余裕のない私の心では、そんな返事ひとつでも受け入れられませんでした。
当時の私は誰かに「大変だね。頑張っているね。」と認めてもらいたかったのだと思います。

子どもを出産して以降、娘のお母さんとして周囲に認識され、一個人として周りから認められたり、大切にされていると感じることが激減しました。
普段の生活でもたくさんの制限がかかりました。妊娠中は妊娠糖尿病になりかけ食事制限、また、産後には2度の乳腺炎にかかり再度の食事制限。食事は子どもの機嫌次第でゆっくり食べることができず、好きだったお酒も飲めない。

私って、何が好きだったけ?
やりたいことがたくさんあったけど、もうできない。
なんて大変なものを背負い込んでしまったんだろう。
子どもがいなかった頃に戻りたい。
そんなことを毎日考えていました。

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